明るみに黙す陽溜まりを暮れやかに薄れゆき、
 向日葵の透き影にしんと澄み透る
 ペールブルーのセロファンを濾過して、
 褪めながら、冷夏を立つ着帽の人影を重ね、
 次第に厚やかに積層してゆくあなたの幻姿へと翳し、
 わたしは目眩さへと薄目する

 静やかに交わされる合図
 黙契のように輝やかに零れおちる歯列を煌〔きら〕めて
 あなたは後退を舞踏する。

 浅黒に陽炎う日に灼けた真夏のマスクのうしろに
 冷ややぎ底やかに遠まる奥深さへと
 泥む夕陽のようにまどろみを昏め
 ひとときに夜となる顔を退きながら
 あなたは去り
 きざはしの螺旋の階下
 ひっそりする白の踊り場に
 取り残されるわたし。

 わたしのdownstairs
 否、むしろ空虚なわたしのunderstandingに
 あなたはわたしを閉じ込める。

   * * *

 ひそめく夜の齢いを数え、
 わたしは欠けゆく月を冷たい痛みのように孕みもつ。

 《いないのね、あなたはいないの》

 歌うように繰り返すわたしのからだのなかに
 次第に引いてゆくあなたの青い血潮。
 何故、わたしは泣くのか、わたしにはわからない。

 わたしの閉じ籠もった矩形の抽斗めいた
 闇く静かな白夜の部屋。
 冷たい床には月光の円弧燈〔サークルライト〕が
 いつまでも欠けてゆかない。
 わたしは氷った時のうなじに触り、
 聞こえない脈を手繰ろうとする。

 迷うわたしの指が弱弱しく掻きむしる、
 恐らくはわたしの空っぽの胎のうわべから
 あなたのありもせぬからだを掻爬しようとして。

 《いないのね、あなたはいないの》

 言い聞かせるようにして繰り返すわたしの呟きが
 それなのに何処までもあなたへと追いすがる。
 あなたに届こうと伸びてゆく
 うわごとの猿臀〔えんび〕が空を掻く。

 あなたのアイコール/青い血潮。

 わたしが欲するのは、あなたを月足らずに殺すこと
 あなたが喪失われねばならない出血の痛み。
 わたしの体温はあなたの熱病に燃え魘されている。 
 火照る血液を空っぽにして、
 わたしは白蝋の冷たさに死に絶える時を求める。

 《いないのね、あなたはいないの》

 わたしは泣く、
 あなたへの殺意に頬を濡らしているのに、
 わたしは何故わたしが泣くのかがわからない。
 わからない。わたしが幸せなのか
 不幸なのかもわたしには定まらない。
 歌うようにわたしは繰り返す。
 わたしの胎のうえに手を置いて言い聞かせるように。

 《いないのね、あなたはいないの》

 あなたが生まれてくるはずはないのに、
 あなたがまるでそこにいるかのように歌い聞かせるわたし。
 身籠もり得ないあなたへの無力な怨みに満ち足りて、
 いつのまにか聖母へと似通ってゆくわたしの仕草を
 少し気味悪くはすかいに見下ろしながら、
 わたしは空虚で一杯になったわたしの受胎を愛撫し続ける。

 いないのに、あなたはいはしないのに、
 生まれてこないあなたがいなくなりもしない。

 わたしは窓辺から顔を上げ、
 わたしを照らす満月のおもてに
 あなたの笑顔を重ね見る。

 わたしは、
 あなたからのunderstandingの隔たりに遺棄されて
 初めからあなたを失いながら、けれど、
 あなたが黒く欠け落ちながら
 わたしのなかに増大するのを感じている。
 わたしの息を詰め、わたしの部屋/胎が
 蒼白い冷光〔ルミニセンス〕に盈ちてゆく。

 《あなたはいないのね、いないの》

 わたしはあなたを仰ぎ、
 喘ぎながらもう笑み始めている。
 あなたは遠くしらしらとひとり燃えながら
 微かなほほえみでわたしを肯〔うべな〕っている。