詩が、その始まりのサーフボードに乗って、危うい均衡をとりながら滑り出すとき、砕け、泡沫となり、蒼い海となる語の、この引き裂かれるような崩壊感覚。始まろうとする出発――けれどもスターティング・ポイントじたいが駆け出しの一撃とともに踏み崩されるように、後方へと出発者を引きずり込もうとして、出発の不可能と化す出発のなかで喪われてしまう始点のこうした曖昧さ。この毀損。そこにもあの空虚な充溢がある。

 語の核の崩壊、放射能の詩。白夜の放射線の幻視のなかに、焦瘢〔こげあと〕めいて、廃墟のように立ちすくみ、停まる語の瓦礫。光に晒される、曝露〔さら〕された、消える光熱に。

 残留。その間で、白紙に充溢する空虚の、視えぬ痕跡がふるえ、《いつ》の問いとなり、詩の今を問う、奇妙な宙吊りのなかで。奇妙さへと蒸発した、或る別の時間のなかで。詩が復〔ふたた〕び形〔かた〕つ。読むことに熔ける表面のなかで。

 詩を読む、というより、詩へと瞬視〔アウゲンブリック〕する一瞥は、詩を始まりの熱さのなかに差し戻し、始まりへと復び始まる詩の運動を始まりのなかに定めようとする。この熱さのなかで、再び詩が見失われる。急速に冷えてゆくように。

 瘡〔かさ〕となって張りつめ、その喪失の傷を癒着させ隠すかのような語が、裏切りのように塞ぐ、始源への注視の底翳〔そこひ〕のように。目に視えぬもののあの次元が、現れることの後ろで復び黙す。わたしの盲いを越えて、彼方からわたしを見据える視線が瘡と痂〔かさぶた〕のマジックミラーを透かして、わたしに届いている。

 わたしの受動的となった消極のまなざし。

 他動へと委ねられた最も受身の注視のなかで、わたしもまた宙吊りとなる、何処からともない問いの空虚な谺のさなかで。

 詩がわたしを把握する、わたしが把握するのではなく。わたしを石化させる、詩からの、あの空ろな熱からの一瞥に停められて。わたしのなかに受胎される運動がある。狂おしくすためく、身をよじる語のポップコーンがわたしのなかで膨れる。

  *  *  *

 この空虚な充溢、存在と非在のあわいに疑問符の曖昧さとして裂けてゆく始源の陰唇に、おそらく、最初の異和、最初の齟齬〔ズレ〕を引き寄せつつ、存在とも非在ともいえないもの、どっちつかずの奇妙なもの、創造の意図せざる創造物、否、決して創造しえぬものが、何かの踏み外しのように現れ、その手前で、創造が畏怖し怯えるとき、この始まりの奇妙さのなかに侵入してくる外部、姿なき影の響きの気味悪い触れ来り、目に視えぬものへの闇黒の対面、そこにいる、そこに誰かがいる、もはや「ある」というのではなく、「いる」というほんの幽かな誤差のなかで、「ある」がそちらへと引き寄せられる、「ある」が蒼褪め、血の気が干上がるようにわたしから奪われつつある、希薄になってゆく、胸を騒がせる呼吸困難、この不安な気配のなかで、おそらくわたしも「居る」へと居始める、この居心地悪い無気味さのなかで。

 そしてわたしは在らしめられつつある。何故? わたしが総てを始めたはずなのに。わたしが「光あれ」と命じたはずなのに。この創造の動きのなかで、わたしを闇のなかからうべなうものがいる。

 わたしはそれを予測していなかった。或る重々しさとしてわたしへと纏わりつくそれ、この鈍重な手応えで創造に摩擦してくる、この、予測し得なかったのしかかりで、わたしの業〔わざ〕を重苦しく喘がせながら。

  *  *  *

 夭禍〔わざわい〕。目に視えぬ、何処にあるともつかぬ創痍、わたしの基底に穿ち開けられた、この起源の場処へと摩り切れた底翳/そこない。疼く、眼底に脈動する強迫。この起源への裂開から、傷のまなざしが視線を超えて届こうとする異様な遡及が、たちまち不可能の白夜を非-想起しつつ、呑み込まれて、わたしのいま・ここから、何処でもない非-場処へと流出してゆく。非現非在の、非宇宙へと血友病のように止まず流れ落ちてゆくわたしの白く透明な血。存在の宇宙が排除した非宇宙、夢魔と亡霊がすだくこの非根源。排除、すなわち存在が贈り与えられることの後ろで、存在が奪い取られること。

 掻爬。わたしは「これ」と呟く。けれども、この発語を毀損〔そこな〕いながら、この語の内部を抉り、掻き毟る掻爬が、この意識、この感覚的信憑を既に深く創〔きず〕つけている。この指示語が、誰にも何かを教えることのできないこの不能。この「これ」をひとつの愚かさとして抱え込むわたし。「これ」のなかに既に〈盲い〉が始まっていること。〈盲い〉――それは既に無限を指示すること、つまり指示の不可能性に突き当たることだ。

 「これ」はつるつるに滑って、場処を定めぬ。忽ち、「どれ」と問い返す闇黒の谺の鈍い響き声に曝され、この問いの展げる混沌のなかで、「これ」は、自分自身を見失い、自分自身の現前を干上がらせてしまっている。